ゾンビ屋れい也 あおい編1


珍しく平和な日和、大きな収入もありれい也はのんびりとした時間を過ごす。
そんなときを見計らったかのように事件が起こるのは、ゾンビ屋の運命だろうか。

『続いて次のニュースです。○○病院に入院していた、10年間昏睡状態だった少年、百合川あおいさんが目を覚ましました』
百合川、と聞いてテレビを注視する。
顔写真はないが、恐らく昔シキが階段から突き飛ばした弟だろう。
その先のニュースを聞かず、れい也はテレビを切った。
その直後に、家の電話がけたたましく鳴る。

「はい、ゾンビ屋です」
「こちらは、○○警察署と申します」
警察、と聞いてれい也は眉をひそめる。
「・・・何か、ご用ですか」
「百合川あおいのニュースは知っていますか。その件で、あなたに協力をお願いしたい」
警察に行きたくはないが、今まで何度か家業のことで見逃してもらっている。
恩を売っておいて損はないと、れい也は了承していた。


警察署へ赴くと、早速地下室へ通される。
重々しい雰囲気の先にあったのは、霊安室だった。
警察官は、一つの棺から男性の遺体を取り出す。
「これは、百合川あおいが殺した主治医の息子です」
目覚めたニュースしか聞いていなかっただけに、れい也はぎょっとする。

「混乱を避けるためまだ大っぴらにはしていませんが、今は病院から抜け出し、逃走しています。
依頼は他でもない、主治医から百合川の情報を聞き出し、そして・・・」
「殺してほしい、とか?」
先に言われ、警官は押し黙る。

「いいですよ、たぶん容易い。・・・魔王サタンよ!」
人殺しを躊躇っていては、この家業は務まらない。
蘇えった主治医は、あおいのことを語り始めた。

知能は昏睡状態になった子供のときのままであること、脳に受けた衝撃で身体能力が異常に発達していること
そして、星と動物が好きで、病室から見えるビルを羨ましげに眺めていたこと。
情報はそこまでで、れい也は霊安室を出た。


れい也は夜を待ち、街で一番高いビルの屋上へ行く。
そこには、百合川あおいがコンクリートの縁に座って星を眺めていた。
「百合川・・・あおい、だな」
呼びかけられ、はっと振り向く。
警戒している鋭い目は、シキにそっくりだった。

「・・・お兄さん、だれ」
「僕は姫園れい也、ゾンビ屋家業をしていて、今は依頼の真っ最中だ」
「ゾンビ屋さん?ふーん、おもしろそうだね。
それで、お兄さんもボクをつかまえに来たの」
外見に伴わず、口調は幼い。
だが、衣服にはわずかに血痕が点々とついていて、それは他者のものだろうと予測がついた。
警察が最も恐れているのは、百合川の性だ。
兄が連続殺人犯なら、弟も同じ末路を辿ると。

「捕まえるんじゃない。・・・来い、百合川!」
コンクリートの地面から、シキが現れる。
瞬間、あおいの表情が固まった。

「あ・・・ああああああ!ごめんなさい、ごめんなさい!
ぶたないで、切らないで、殺さないで!」
あおいは腰を抜かし、ひっしに後ずさる。
体は成長していても、中身は虐待されていた子供の精神のまま。
兄だけ先に成長した姿で、しかもナイフを携えていたら怯えるのも無理はない。
シキが一歩近づくと、あおいの顔は真っ青になり、目に涙を浮かべる。


「・・・シキ、待て」
怯えるあおいを見て、れい也は思わずシキを呼び止めていた。
虐待されている姿が、過去の自分とだぶる。
兄のリルケから執拗に傷つけられ、弄ばれていたときを思い出してしまう。
意味も分からず暴力を奮われる、どんなに恐ろしかったことか。

あおいはそんな自分と同じ境遇だったのだと思うと、あっさり殺すことを躊躇う。
目を閉じ、耳を塞いでいれば後はシキに任せられたけれど
兄の姿を見て怯え、泣き出しそうになっている姿を見た瞬間、同調してしまっていた。

迫ってこないシキを見て、あおいはれい也に目を向ける。
「シキは・・・君の兄さんは、もう死んでるんだ。そして僕は、死者を呼び出して自分のしもべにできる。
止まれと言ったら止まるし、殺せと言ったら殺す、優秀なボディーガードなんだ」
「もう、死んでるの・・・」
あおいの表情が、わずかに和らぐ。

「シキ、戻れ」
れい也の言葉で、シキはすっと地面に消える。
あおいは、呆然とれい也を見上げていた。


「・・・僕も昔、兄に虐待されてた。
自分の楽しみのために切り傷をつけて、血を見て喜ぶような、最低な奴だ」
語りかけながら、れい也はあおいに近付く。
「君のことを殺せって、そう言われてる。けど・・・気づいたら、シキを止めてた。
殺したくないって、そう思っちゃったんだよな・・・」
あおいの前まで来て、れい也はしゃがんで目線を合わせる。

「僕の家に来ないか。しばらくの間なら、かくまってやれる」
自分でも、大それたことを言ったと思う。
この家業をしていて、誰かと繋がりを持つなんて危険なことでしかないのに。
「・・・お兄ちゃんの、家に?」
あおいは、不思議そうにれい也を見詰める。
どうしてそんなことを言い出したのか、意図を図っているようにも見えたが
ただ純粋に、信用できるかどうか、自分の直観で考えているようだった。

「・・・いいの?あの、あのね、でも、ボク、主治医の先生の子、殺して・・・」
「それはもう知ってる。ただ、あまり自由に外へは出せないから、退屈なときもあるかもしれないけど」
そのとき、あおいから警戒心や恐怖心が消え、れい也に飛びついていた。
激しい抱擁を、れい也はよろめきつつも受け止める。
これが警察に知られたら、自分も目の敵にされて良いことはないのに。
よく考えたらデメリットの方が大きいはずなのに、抱き留めてしまった。

虐待の思い出しかなく、10年経った後にその兄に殺されるなんて悲しすぎる。
珍しく人並みの感情が強く主張してきて、歯止めをきかせた。




れい也は、あおいを家に迎え入れた。
他人の家に緊張しているのか、あおいはきょろきょろと周りを見て落ち着かない様子だ。
「えっと・・・よろしく、お願いします」
あおいは、ぺこりとおじぎをする。
外見と態度のギャップがあり、何だかおかしかった。
衝動的に連れて帰ってきてしまったが、明日からどうしようかと考える。

「百合・・・あおいは、好きなものあるか?行きたいところとか」
「にゃんこ好き!動物すごく好き!」
「じゃあ、明日は動物園に行こうか」
れい也の提案に、あおいは目を輝かせる。

「ありがとう、れい也お兄ちゃん!」
感激すると飛びつく癖があるのか、あおいはまたれい也に飛びつく。
短期間なら、捜索中とごまかせば警察も躍起になりはしないだろう。
だが、未成年とはいえ殺人犯、いつ顔写真が公開されるかわからない。
それまでの一時の間、与えられなかった楽しみを感じさせたい、なんて思うのは偽善だろうか。

「今日はもう遅いから寝ないとな。僕はソファーを使うから、あおいはベッドで・・・」
「えっ・・・」
あおいは少し体を離し、至近距離でれい也を見詰める。
「・・・れい也お兄ちゃん、いっしょに寝たい、だめ?」
その眼差しは、まるでか弱い小動物だ。
甘やかしたい衝動にかられてしまい、れい也は自分に対して溜息をついた。

「・・・わかった、一緒に寝よう」
あおいは、表情を緩ませて笑う。
無邪気な笑みを向けてくれるなら、多少はいいかとやはり甘くなっていた。
男二人で一つのベッドに入るのは多少狭く、自然と腕が触れる。
あおいは横向きになり、嬉しそうにれい也に擦り寄った。
ペットを飼ったことはないけれど、飼い犬と寝るのはこんな感じだろうと思う。
れい也はあおいに軽く手を回し、頭をよしよしと撫でる。

「えへへ、れい也お兄ちゃん、嬉しいな・・・」
元々の兄とのギャップがあるのだ、一般人なら誰でも大歓迎だろう。
兄は弟を求め、弟は兄を求める。
互いの要求は一致していたのに、決して交わらなかった。
自分の存在が、喪失していた部分を埋められるだろうか。
あおいを受け入れたのは、れい也自身のためかもしれなかった。